あいまさブログ

なりたて発信者の雑記

不健康なものが食べたいから健康に気を使っている。

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わたしはジャンクフードが好きだ。

 

ずっと食べていたい

 

ラーメン

カレー

ハンバーガ

ドーナツ

ステーキ

カツ丼

 

 

あげたらキリがない。

 

それらが好きだという話をすると、大抵こう返ってくる。

 

 

「そんなんじゃ不健康だよ。」

 

 

だかわたしは言いたい

 

 

 

いや、それは逆だよ、と。

 

不健康なものが食べられるということは

 

 

 

わたしが健康である何よりの証拠なのだと。

 

 

不健康な人がそれらジャンクフードが好きな時に食べられるかい?

 

糖尿病や高血圧の人が好きな時に好きなだけ食べられるわけがないだろう?

 

わたしはジャンクフードが好きだ。

 

 

いつでもどこでも、食べたいと思った時に食べたい

 

 

 

 

だからわたしは、人一倍健康に気を使っている。

 

 

 

なぜなら健康でなくては不健康なものが食べられないから。

 

 

だからわたしが今、不健康なものが食べられるということは

 

 

 

わたしが健康であるという証拠となるのだ。

 

 

 

 

わたしはジャンクフードが好きだ

 

 

これからも食べ続ける

 

 

だからわたしは健康的な毎日を送るのだ。

人に嫌われることは怖くなくなった。はずだった…

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今、人の上に立つ役職に就かせてもらった。

 

正直、私はあまり「他人にどう思われるか」なんて気にしないようになれたと思ってた。

 

 

けれど、思っていただけだった。

 

 

 

 

 

役職に就いて、すぐに部下やパートに指示を出した。

 

スムーズに業務が回るよう。

1人に負担が集中しないよう。

 

 

なるべくわかりやすく説明して。

 

まぁ、私もあまり言葉選びが上手ではないのですが・・・

 

 

 

そして今日、部下のリーダー的な人に真面目な話がある、と呼び出された。

 

 

 

 

 

「あいまささん、あんまりきついこと言わないほうがいいよ。パートさんが不信感抱いちゃってるからさ」

 

 

 

 

 

この言葉を聞いたとき、私は一番初めに思い浮かんだ感情は

 

 

「怒り」でした。

 

 

 

なぜその感情が初めに浮かんだのかはわかりませんが、確かに私はその言葉を聞いて怒りを感じました。

 

 

しかし話が進んでいくうちに、私は徐々に落ち込みました。

 

 

その理由ははっきりとわかります。

 

あぁ、伝わらなかったのかな

言い方が悪かったのかな

そんなきつく言ったつもりはなかったんだけどな

 

 

そして何より

 

私は部下たちがスムーズに仕事ができるよう配慮していたつもりだった

 

 

部下たちのために指示し、言葉遣いが下手なりに一生懸命説明し、この作業がなぜ必要なのか、どんなことにつながるのかを伝えていたはずだった。

 

 

それが伝わらず、ただ単に私はパートや部下たちにとって「難癖つけてくるウザい上司」となっていたのかと思うと

 

 

 

 

落ち込みもしますし、

同時に怒りも湧いてきます。

 

 

 

ちゃんと私の話を聞いていたのか?

なぜわからなければその場で私に聞いてこないのだ?

裏でこそこそ私の悪口でも言っているのだろうか。

そもそも私の説明でわからないのはそちらの頭が足りていないのではないだろうか

 

 

 

 

色々な感情が湧き上がってきます。

 

 

でもこれは全てネガティブであり、負の感情であるとも理解しています。

 

 

なぜこんなことを思ってしまうのか

なぜ素直にひとつの意見として聞くことができないのか。

 

 

 

全てはタイトル通りだと思います。

 

 

 

私は人に嫌われることに慣れていた「つもり」だったのかなと。

 

他人に自分の意見を踏みにじられ、潰されてしまうくらいなら嫌われてもいいから自分の意見を大事にしておこう。

 

他人は他人、自分とは意見が違って当然なのだと

 

それが気に入らないのなら、離れてくれて構わないと

 

 

今でもそう思っています。

 

しかし今回はそうはならなかった・・・

 

 

それは「仕事」だからだろうか?

 

 

パートや部下に辞められると自分が困ることがわかっているからなのか?

 

 

どうすればいいのか、正直わかりません。

 

自分の意見が気に食わないなら、相手の意見に疑問を感じたのなら。

 

 

今までは「ま、そういう意見もあるんだろうな」程度にしか思わなくても問題なかった。

 

 

 

でもこういった「離れられると困る」状況は初めてかもしれない

 

 

意見のすり合わせが必要なのか

 

 

どちらかが折れなければいけないのか

 

 

それが大人の対応というやつなのか

 

 

 

どちらかの意見を殺すというのか

難しい

 

 

やはり私は、あまり社会に向いていないのかもしれない

 

 

 

 

 

 

あなたの言う『普通』は何に対しての普通なのか?便利だから使っているだけでは?

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あいまさです!

 

 

 

最近『普通』を押し付けて来る人が周りに増えてきた、もとい気づいてきたのですが、そこで疑問に思うことがあるわけです。

 

 

 

あなたの言うその『普通』は「何」にとっての普通なのでしょうか?

 

 

多数派としての『普通』?

自身にとっての『普通』?

社会人としての『普通』?

 

 

「普通〜〜するでしょ」

「普通さ、〜〜なんじゃないの?」

「普通に考えたら、〜〜だよ。」

 

 

そんなセリフを話す人が、一体どれほどいるのだろうか。

 

『普通』の意味をきちんと理解して使っているのだろうか?

 

 

きっと『やばい』と言う言葉と同じように、いろんな意味が併合していてとても使いやすいということで使っているだけなのだろうか。

 

 

だとすると大人は恥ずかしい。

 

 

子供に対して

「すぐに『やばい』という楽な表現を使って自分の意見を言うな」

とか言うくせに、自分たちはすぐに『普通』という言葉を使うのだから。

 

 

とは言ったものの、実はわたしも結構使っていたりして・・・_:(´ཀ`」 ∠):

 

 

職場での立場が変わり、いろいろな人に意見を求めていると結構耳にするんですよね。

 

「普通にわかるでしょ」

 

 

とか言われるんですけれど、まったく違う環境にいたので何が何やらさっぱりわからない状態でそんなこと言われてしまったので、ふと疑問に思ったのです。

 

 

あなたの言う『普通』は、あなたの中だけの『普通』になっていませんか?

 

あなたの『普通』は他人の『普通』ではありません。そんな言葉に逃げず、しっかりと説明できるよう語彙力を磨きましょう。

 

 

 

 

 

追伸

最近更新頻度がかなり落ちてきているのですが・・・不思議とブログをやめる気にはならないです。

今現状の環境に慣れ、生活に余裕ができてきたらまた以前のような更新頻度でブログを執筆したいものです( ^ω^ )

 

 

 

不平不満を撒き散らす、とても下品な人に会った感想。

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あいまさです。

 

 

仕事にて新しい役職に就き、いろいろな人に出会っているうちに、ついにこういった方がいました。

 

いわゆる『不平不満しか言わない人』に。

 

嵐のように突然やってくる『奴ら』

会って3秒。

 

向こうはわたしの事を知っている。

 

わたしはこの人を知らない。

 

なのにわたしのところへツカツカと近づいて来られ

 

「あいまさ、この状況ってどう思う!?」

 

割と大きな声で詰め寄られました。

 

いやまずお前誰だよ、と思いましたがのちに同期のちょっと権限を持っている人が合流してきて、3人で話すことに。

 

「話す」といってもその『不平不満しか言わない人』が延々とその同期や他上司、自分を取り巻く環境の悪さをわたしたちにぶつけていただけなんですけど。。。

 

 

1時間ほど愚痴を言われていましたが、至って冷静に分析していたわたしの感想をここに記していきたいと思います。

 

 

言葉遣いが下品

まず第一印象、強く残ったイメージはこちらになります。

 

言葉遣いがあまりにもひどい。

 

わたしもあまりキレイな言葉を並べるのは得意ではありませんが、

 

職場でほぼ初対面の人にタメ口はよろしくないでしょう。

 

とても印象が悪いです。いきなり呼び捨てで怒りをぶつけられて。

 

 

仕事をしている方ならわかると思いますが、言葉遣いが下手でもいいですがとりあえず『敬語』を使っておけば上司・部下・外部のお偉い人は話を聞いてくれるものです。

 

敬語を使っていればそのうちどういう言い回し方をすれば相手に伝わるのか、ということがわかってくるじゃないですか。

 

言葉遣いってとても大事なんですよ。

 

その『不平不満しか言わない人』は学生時代からあまり言葉の勉強をして来なかったのかな?というか周りに訂正してくれる人がいなかったのかな?

 

あまりにも幼稚な言葉遣いでした。これでは「私は現状に不満がある」ということくらいしか伝わって来ないです。

 

自分は解決策を知っているアピールをする

「〜はこうすればいいじゃん!」

「なんでこんなことができないんだよこの会社は!」

「私ならこうするけどね!」

 

というセリフが一体何回出てきたことか。

 

いや解決策知ってるなら社長に直接言えば良かろう。

 

でも言わない。

 

いうのは身近な、『ちょっと上の人』だけ。

 

自分の事を特別だと思っているんでしょうね。

 

そう思うのは勝手なのですが、策を持っているならぜひ会議の時に発表していただきたい。

 

そしてその策がいかに自己中心的かをお偉い人に指摘されて却下されて意気消沈してほしい。

 

 

これはわたしの個人的なお願いなんですけどね_:(´ཀ`」 ∠):

 

 

所詮井の中の蛙っぽい

先ほども言いましたが、そういった方々は決して社長や本部などの絶大な権力を持っている人間には愚痴を言いません。

 

愚痴を言う相手を選んでいる様子です。

 

攻撃しやすい、話しかけやすい。一番大事なのは自分の味方になってくれるかどうか。

 

 

 

小さいですね。環境を変えたいのであれば思い切った決断をしなければならないと言うのに。

 

 

不平不満を言う人への対処

とは言え、不平不満は誰でも持つものです。

 

問題は不平不満『しか』言わない人なのです。

 

なんだか可哀想な人なんですけどね。

 

言葉遣いも教えてもらえない

自己中心的なことに気づかせてもらえない

物事をネガティブにしか捉えられない

周りの人間に信頼されない

 

 

よほど出会いに恵まれなかったのか・・・

 

まぁそんなことはわたしたちの知ったことではありませんが。

 

対処法といってもとても簡単かつ当然の事をするだけです。

 

そう。

 

 

愚痴を右から左に聞き流すだけです。

 

賛同も反対もしてはいけません。

 

「ヘェ〜」

「そうなんですね〜」

「そりゃ大変ですね〜」

 

でいいんです。

 

 

賛同すると「この人は味方になってくれるかもしれない」と思われ、次から次へと愚痴を運んできてしまいます。

 

反対すると「この人は敵だ」と思われ、村八分にされるか愚痴の内容に含まれるか、攻撃するために次から次へと愚痴と悪口を運んできてしまいます。

 

 

だから『ただ聞くだけ』なのです。

 

相手は愚痴を言う人間を選んでいます。

 

あなたがその人にとって「つまらない」対応をすれば良いのです。もう愚痴を運んでくることはないでしょう。

 

 

なぜならつまらないから。

 

 

かわいそうな人々

とは言えそういった『不平不満を撒き散らす人』というのはどこにでもいるものです。

 

先ほども言いましたが、わたしは彼らを「かわいそう」としか思えないのです。

 

浅い知識

自己中心的

信頼性皆無

下品な言葉遣い

ネガティブ思考

 

 

不幸だなと。一体何が楽しくて生きているのかわからない。

 

こう言った方々には『救おう』という思いすら湧きあがりません。

 

ただただ「関わらないようにしよう」としか思えない。そう思う人はわたしだけではないでしょう。。。

 

 

 

 

と、わたしも愚痴っぽくなってしまいましたね。

 

あなたも気がついたら愚痴ばっかり言うようになっていませんか?

 

 

愚痴はたまに言うくらいにしておきましょう。

 

 

 

 

 

【短文】気がついたらまた元の自分に戻っていたのかも。

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あいまさです!

 

 

 

気がついたらまた人目を気にして生活するようになっていました。。。

 

人はなかなか簡単には変われないみたいですね。

 

 

「こんな風に思われたいな」

「こう思われないようにしよう」

「こう思われたら嫌だな」

 

そう思うことによって、自分の行動が制限されているということに気がついてもう半年以上経ちます。

 

 

始めは順調だったんですけどね。思った事をアウトプットして、きちんと自分の意見を目の前の人に伝えることができました。

 

それによりどう思われようとも、「自分の意見を相手に伝える」ということで自分で自分を認めてあげられたんです。

 

それが今ではどうでしょう。

 

 

変な奴に思われないように。

空気読めない奴に思われないように。

気さくな人に思われたくて。

きちんとした人に見られたくて。

 

 

また自分で自分の行動を制限していました。

 

今日、ようやく時間ができたので久しぶりにブログを読み返していて、気づかされました。

 

 

あぁ、なんて自由だったんだ、と。

 

 

なんてのびのびとしていたんだろうと。

 

 

また、以前の自分に戻ってしまったのか、と。

 

 

 

反省でございます。。。。。_:(´ཀ`」 ∠):

 

 

 

ブログを書いていて良かったです。また、気づかされてしまいましたね。

 

資産とは、何も金銭的なことだけではないようです。

 

もう一度自分の生活や思考を見直してみて、また自由に生きて行きたいと思います。

 

 

最近ブログを書いていないので、アウトプット渋滞を起こしているのかもしれませんね笑

 

 

また積極的に書けるように、精神を癒さないとっ

お菓子を食べる事をやめられない人たちの気持ちが少しわかった気がしました。

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あいまさです!

 

 

 

9月よりお勤めしている会社で新しい役職に就き、多忙な日々を送っております。

 

 

おかげさまでブログの更新が全然出来てなくて・・・_:(´ཀ`」 ∠):

 

 

まぁ、ある程度「体力」がなくなってしまうことは覚悟していたのですがね。。。

 

 

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さてそこで今日ふと気がついたことがあります。

 

 

それは「あぁ〜これがストレスか」ってやつです。

 

そうなのです。

 

 

 

今わたしはストレスマッハなのです。

 

 

いたって生活リズムはそれほど変わっていませんし、

 

新しい人間関係

新しい仕事内容

新しい責任重荷

 

それらも覚悟の上で(というか慣れた)役職に就いたので、それによる身体への負担も予想の範囲内に収まっているのです。

 

 

が。

 

 

 

帰宅後、無性にお菓子を食べ漁るようになりました。

 

 

ここ3年ほど全く口にしていなかったお菓子・駄菓子。

 

 

最近気がついたら食べているのです。

 

それも毎日のように。

 

 

ちなみに今もコ◯・コーラ味グミを食べてしまいました。

 

なぜ、今!?

 

 

なぜ、このタイミングでお菓子を求めてしまう体になってしまったのか。

 

 

 

実はわたしには心当たりがあります。

 

 

9月の中旬ごろからだったでしょうか。帰り道の途中にあるコンビニに久々に入店し、黒い稲妻のような名前のチョコを買ってしまったのが始まり。

あの何も考えていなくても「あ、おいしい幸せ」と感じてしまうほどの純粋な味覚攻撃。

それを味わっているときは何も考えなくて済んだんです。

 

何も考えなくて済む・・・?

 

つまりわたしは何かを考えたくなかったのです。一体なんなのか。今まで興味もなかったお菓子類をこうも毎日求めてしまうには強烈な「何か」を考えないようにしているということ。

 

9月に入った時の大きな変化。それは会社内での自分の立ち位置。

ある程度の体への負荷は覚悟していた。でも3年ほどのスパンでゆっくり着実に仕事を覚えていけばいい。周りに何を言われてもキニシナイ。そんな覚悟。

 

案の定周りから色々と言われました。その都度自分の考えを答えていた。

悔いは全くない。自分の意見を伝えていかないとどんどん社会に「潰されてしまう」ことはもう知っているのだから。

 

でも覚悟していても毎日のように新しい情報が入ってくる。仕事も入ってくる。関係者への挨拶もしなければならない。

自分のペースで仕事を進められない。というかそもそも何をしたらいいのか半分も理解していない。

 

 

あ、なるほど。

 

 

 

これがストレスってやつかぁ。

 

 

なるほどなぁ、これは辛いや_:(´ཀ`」 ∠):

 

 

自分の意思とは無関係に溜まっていく。

そしてそれのはけ口としてわたしはお菓子を貪っているわけかぁ。

 

 

いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

どうしたらいいですかね?_:(´ཀ`」 ∠):

 

 

 

何か・・・・何かお金がかからずカロリーも摂取せずにストレスを解消する方法を生み出さねばっ・・・・・・

 

 

 

このままではっ・・・・・!

 

人に「期待する」って失礼なんじゃないかって思うのです。

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あいまさです!

 

 

人に『期待』するってどうなんだろうと最近考えています。

 

期待とは、ある人が何かをすることをあてにして、心待ちにすること。

 

他人をあてにしているわけです。

 

自己肯定は自分で出来る

確かに聞こえはいいかもしれません。

 

「わたしは期待されている」

 

と思うと、なんだか他者よりも自分が優れていると錯覚します。

 

 

  • 自分には能力がある
  • その能力を評価してもらえている
  • 自分なら何かを成すことができる

 

 

そう思えることは素晴らしいことだと思います。

 

 

でもそれって、他人に期待されなきゃ出来ませんかね?

 

別に期待されなくても出来ることじゃないか、と思うわけです。

 

自己肯定や自己承認を他人に任せるのはとても効率が悪い。自分で自分を評価することが一番効率がいいのです。

 

何か大きなことを成し遂げている方々は、それが出来ています。

他者に認められるよりも、まず自分で自分を認めてあげる技術を身につけているのです。

 

 

勝手に「失望」される

なら他に、『期待』されることにどんなメリットがあるのでしょう?

 

 

わたしにはもうデメリットしか思い浮かびません。

 

そう、『失望』されるのです。

 

『期待』してあてにしていた人が、自分の『期待』にそぐわない結果を出した場合『失望』するのです。

 

『失望』とは望みを失うこと。あてが外れてがっかりすること。

 

 

がっかりされるんです。

 

 

勝手に『期待』されて、勝手に『失望』される。

 

勝手にがっかりされるんです。正直どうかと思います。

 

世の中そんなことばかりですよね。

 

 

企業の新製品に文句を言う人

新しいiPhoneが発売されると、毎年のようにですが

 

「期待していた性能はない。がっかりだよ」

 

みたいなコメントしてる人がいます。

 

いや、何を期待していたんだ?と。

 

「革新的なアイデアを生み出してきたiPhoneが最近は停滞しているな」

 

とかドヤ顔でおっしゃられている方々に、具体的にどんな革新的な機能が付いて欲しいか説明できる人はどのくらいいるんですかね?

 

人間同士でもそれが行われる

人同士もそうです。

 

「この人なら、わたしを幸せにしてくれると期待していたのに」

 

自分の幸せを他人に任せている時点で間違っているし、そもそもあなたはその人を幸せにしてあげようとしたのかも疑問です。

 

 

 

「キミならこの仕事任せられると思ったのだが、期待しすぎたかな」

 

人を機械か何かと間違えていないか?人は調子がいい時もあれば悪い時もあるし、得意不得意だってある。モチベーションによって結果が著しくないときもあるし、毎回のように好成績を出すのは不可能だ。

機械なら別ですけどね。

 

 

期待せずに人を評価してみよう

人は何かに『期待』すると、それ本来の姿が見えなくなってしまいます。

 

なぜなら『期待』はそれ本来の実力以上にそれを見させてしまう錯覚を発生させるから

 

その人本来の姿を評価しないって、とても失礼なことだと思いませんか?

 

「期待せずに生きていく」

 

そんな言葉を聞くと、なんだか寂しいような印象を受けます。

 

 

でもこれは『物事や人間の能力をありのまま受け止める技術』の結果だと思うのです。

 

期待しないで、それ本来の実力を見定めて、その実力に合った価値を受け入れる。

 

 

これは簡単に出来ることではないと思うのです。

だから気がついた時に、コツコツとその価値観を自分の中で積み重ねる必要があると思うのです。

 

そうしてまた気がついた時には、あなたも『それ本来の実力』を見定める技術を習得できているのかもしれません。

 

 

 

人に期待するのは失礼なんじゃないかって思います。

だからわたしも、期待しないように、その人本来の姿を見てあげたいなって思います。

 

 

【短文】行動に移すときに必要なものは?勇気?希望?仲間?いいえ、それ以前の問題です。

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あいまさです!

 

 

何か行動するときに必要なのはなんだと思います?

 

 

勇気?

 

気合い?

 

共に立ち向かう仲間?

 

 

いいえ違うと思うんです。

 

いや違わないけど、それ以前に必要なものがあるのです。

 

 

そう。

 

 

 

体力です。

 

 

 

 

 

 

いやぁ参りましたね。

 

仕事で新しい役職についてまだ1ヶ月ですよ。

 

www.masa-ism.com

 

 

毎日ヘトヘトなんですよ。仕事の内容を思い返して見ても、まだ就いたばかりなのでそんな大した仕事内容じゃないんです。

 

でもヘトヘトなんですよ。

これが『ストレス』精神的疲労ってやつなんです。

 

やっぱり環境の変化ですかね。

今までの安定した仕事内容と量、それに慣れていた自分はそれを淡々とこなしていました。

 

要するに、精神的に気楽だったのです。今までは。

毎日おんなじようなことをしているのだし。

 

だから心に余裕が生まれていたのです。

 

断捨離したり

ブログ立ち上げたり

ひとり旅に出かけてみたり

 

新しいことを始めたくて、ワクワクして。

 

 

それが今はどうでしょう。

 

新しい人間関係

新しい仕事内容

新しい不平不満

新しい重荷責任

 

 

精神的に疲れている状態では、家に帰ってきても何もやる気が起こらない状態です。

 

 

 

そうなのです。

 

 

何か行動するときに必要なのは勇気でも希望でもありません。

 

心の余裕、みなぎるエネルギー、溢れるモチベーション

 

 

 

つまり体力なのです。

 

 

 

新しい役職に就いてこんなことを学ぶとは思いませんでした。

 

 

 

 

 

まぁでも自分は新しい環境にも3ヶ月もあれば慣れるんじゃないかなぁと気楽に考えています。

それまでは少し、、、更新ペースが落ちてしまうかもしれません。_:(´ཀ`」 ∠):

 

 

体力が大事ですよ体力が。

 

 

肉体的体力よりも精神的体力を養っておきましょう!

 

 

というわけで睡眠睡眠。。。*1..zzzZZ

 

*1: _ _

お金の使い方が下手な人は「節約」してる。上手い人は「倹約」してる。

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あいまさです。

 

 

お金の使い方について色々と学びましたが、やはり最強のお金の使い方

『必要なものに使い、それ以外は一切使わない』

という結論に至ると思うのです。

 

お金の使い方は大きく分けて4種類あります。

 

  • 投資
  • 消費
  • 浪費
  • 貯金

 

多くの方がこの4種類にお金を使ってると思うのですよ。

 

まぁ最後の「貯金」はお金の使い方、というよりは貯めることなので厳密にいうと3種類になります。

 

投資は余剰資金で運用するのがベスト

『投資』とは株や投資信託などのことだけでなく、『自己投資』も含まれていて、知識を身につけるために本を買ったり勉強したり、健康を維持するためにジムに通ったり身体にいい食品などにお金を使うことです。

 

『自己投資』はすればするほど自分の成長に繋がるので、余裕があればどんどんお金を使うことをお勧めします。まぁ自己投資してもそれを活かさなければ無駄ですが。

 

浪費は無駄なのでどんどん削減しよう

お金の使い方があまり上手でない人は当然ながら『浪費』の部分にコストをかけているわけです。

 

『浪費』とは例えばギャンブルだったりソーシャルゲームへの課金だったり、お腹も空いていないのにコンビニでお菓子などを買ってしまったり

 

生活する上で『必要ないもの』にお金を使ってしまうことです。不必要なものにお金をかければお金がどんどんなくなって行くのは当然です。だって必要ないんだもの。

 

消費はどんどん厳選しよう

そしてお金の使い方が上手な人は『消費』の部分のコスト管理がしっかりとしている方です。

 

『消費』とは浪費の反対で『必要なもの』にお金を使うことです。

例えば食費であったり通信費であったり、エアコンや冷蔵庫、洗濯機などの家電もそうです。アラサーですがわたしも「最近の若者」枠に入っているのでエアコンなしの生活なんて考えられないです。

 

 

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「節約」はお金の使い方が上手くない人がする

お金のない人はいつもこんなことを口にします。

 

「節約しなきゃ」

 

正直なことを言うと、わたしはこの『節約』は上手なお金の使い方ではないと思うのです。

だって『節約』と口にしている人の多くは『必要なもの』のコストまでカットしているじゃないですか。生活するために必要な「消費」までお金をかけなくなっているのです。

 

『消費』にコストをかけなくなってしまうと身体に負担がかかります。例えば食費をカットしようと毎日やすい「もやし」しか買わないとかカップラーメンでその日の食事を終わらせてしまうとか。

 

「電気代がもったいない」と言いエアコンをつけなかったり、ミニマリストに多いのですが『冷蔵庫』を持たないといった行動に出ます。

 

食事や生活環境を整えなかったら身体への負担が徐々に溜まっていくのです。知らず知らず溜まったそのストレスで心の病にかかったり、ストレス発散のために『浪費』に走ってしまう人が一体何人いたことでしょう。

 

つまり長期的に見ると『節約』をしてもお金が貯まる可能性は低いと思うのです。

 

 

お金の使い方が上手い人は「倹約」する

だからこそ、しっかりと自分に必要なものを見定める必要があると思うのです。

 

必要なものにお金をしっかりとかけていれば、ストレスが溜まることはありません。食費にはしっかりと栄養バランスを考えて、快適な空間で過ごすためにエアコンをつけましょう。

 

自炊をすることで食費を抑えることができます。その自炊を助けてくれるのが冷蔵庫や電子レンジです。

 

家電製品の多くは確かにお金がかかりますが、それ以上に自分に『時間』を与えてくれるし、何より『快適さ』も与えてくれます。

 

洗剤や食材などの『消費物』は安いものと高いものであまり差はないのですが、

家電や家具などは高ければ性能もぐんと良くなるのでできるだけいいものを買うといいでしょう。もちろん自分の財布と相談して。

 

 

この「倹約」を上手に行うためにはやはり「自己分析」が必要だと思います。自分にとって何が必要か、何が必要じゃないかをしっかりと見極めないと、せっかく買ったものが無駄になってしまいます。

 

そのためにも「自己投資」などをして知識を身につけないといけませんね。

 

ちなみにお金の使い方が上手な人にも「節約してる」といっている方がいます。

 

でもそういった人の話を聞いていると、やはりしっかりと必要なところにはお金をかけているし、いらないところには全くお金を使っていないと言う人が多いです。

 

倹約なんて言葉、あんまり聞きませんからね。節約と倹約をごっちゃにしているのかもしれません♪(´ε` )

 

 

お金をしっかりと使おう

なのでもしあなたの周りのお金の使い方が上手い人が

「まぁ節約してるからね」

 

と言っても鵜呑みにしてはいけませんよ。

その人が行なっていることは『倹約』なのですから。

 

 

自分にとって必要な「消費」にお金をかけて、

不必要な「浪費」にお金を一切かけないように、

それを見極めるためにしっかりと自己「投資」をして、

余ったお金を「貯金」に回しましょう。

 

 

【雑記】昔書いた記事が最近になってすごく読まれるようになって素直に嬉しいです

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あいまさです!

 

 

ここ最近、仕事で新しい役職に就き忙しくてなかなか記事が書けていませんが・・・_:(´ཀ`」 ∠):

 

 

不思議なことに、このブログへのアクセス数が急に増えているんですよね。

 

 

とてもありがたいのですが・・・「なんで?」ってのが正直なところ。

 

 

ていうかきちんと毎日記事を更新していたときよりアクセス数が増えているんですけど?みたいな。

 

 

そうして調べてみたら、なんと2〜3ヶ月前に書いた記事がよく読まれているみたいで、半分以上の方が検索からこられていました。

 

 

時期的に何かのキーワードがハマったみたいですね・・・

 

 

素直に嬉しいです♪( ´▽`)

 

これが『ブログは資産』ってやつなんですかね

 

 

まぁ今回の件に満足はせず、また書きたいことが湧き上がってきたらバンバン執筆して行こうと思いますので、これからもよろしくです♪(´ε` )

 

 

 

それにしても新しい役職で・・・・まさかこんなにも腰痛に悩まされるとは・・・・・・_:(´ཀ`」 ∠):

 

【感想】iPhoneXs、Xs Maxの値段が高すぎて…。Xrくらいがちょうどいい感じですよね。

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あいまさです!

 

 

ついに新型iPhoneが発表されましたね〜!!

予想通り3つとも全てフルスクリーン!ボタンは廃止されてしまいました_:(´ཀ`」 ∠):

 

www.masa-ism.com

 

 

機能などはまだよくわかっていないのですが、ちょっと調べてみて気になったのは

 

お値段高すぎじゃないですかね(^◇^;)

 

$999なんてキレイな数字の並びに騙されてはいけません。

 

iPhoneXs Maxの256GBなんて日本円にして16万円するそうです。

 

 

16万円って…

 

 

MacBook Proが買えますよ!!!!

 

結構高性能なパソコンが買えちゃうお値段ですよー!

 

 

わたしみたいに普段からそんなにスマホを触っていない人にとっては衝撃的なお値段じゃないでしょうか。

 

いやだって家にいる時ってスマホ触らなくないですか?

スマホでできること全部パソコンでできるし。

LINEもメールも電話もパソコンでできるし。

 

 

仕事中は基本的にスマホさわれないし。さわれても休憩の1時間くらいだし。

 

そう考えるとスマホってあんまり触らないんですよね。通勤通学中くらいじゃないですか?がっつりと触るのって。

 

そんなものに10万円以上かけるのはちょっと抵抗があります。

 

Xsと同時に発表されたXrは日本円で10万円以下に設定されているみたいですから、そっちには多少の興味が湧きました。日本でもかなり人気が出ると思います。

 

 

iPhoneが高い理由に液晶に『有機EL』という素材を使用していることが挙げられます。

 

技術が発展してもっと効率よく大量生産できるようになったら値段の方も落ち着いてくるのかな。

 

今回は購入を見送ります。まだiPhone8で十分ですかね。

 

 

ミニマリストが『ミニマリスト』に縛られていては本末転倒ですよ。

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あいまさです!

 

 

 

わたしは半年くらい前に『断捨離』をして、部屋の中には机、ベッド、ゴミ箱くらいしか床の上に乗っていない状態になりました。

 

机の上にもパソコンと購読中の本くらいしかおいてありません。

 

服もクローゼットの中から大量になくなり、いまではシンプルなものが5〜6着入っているだけです。

 

ものがなくなると、まるで「自分を縛っていたもの」が減ったように思うことができて、より『自由』を感じやすくなりますよね。

 

わたしはそんな『自由』に憧れて、それを実行するミニマリストと呼ばれる方を真似ました。

 

結果、大成功。頭の中はスッキリするし、お金の無駄遣いも減り、新しいことにチャレンジできる心の余裕というものを手に入れることができました。

 

一応わたしも『ミニマリスト』を名乗れるのかなぁと思っていましたが、最近ふと疑問に感じたことがあります。

 

ミニマリストはいつまでモノを持たないでいるつもりだろう?」

 

目的を忘れてはいけない

ミニマリストなんだから、所持品は最小限で。

ミニマリストなんだから、代替品でまかなって。

ミニマリストなんだから、固定費は増やさないで。

 

それでいいんだろうか?

自分の中で、考え方が変化してきました。

 

『不便に感じたら、迷わず増やせばいい』

 

断捨離をしてものを捨てて、そしてその捨てたものに対して後悔をしたものがあるのなら、また買えばいいじゃないですか。

 

『自由』を得るために、いろんなしがらみから解放されるためにミニマリストになったんじゃないんですか?

 

身軽になって、自分の本当にしたいことを見つけるためにものを断捨離したんじゃないんですか?

 

いつの間にか縛られていないか?

ミニマリストだから、

  • 手ぶらで出掛けなければならない
  • 床に布団を敷いて寝なければならない
  • 家電も最小限、家には何もないようにしなくちゃならない

 

『〜しなければならない』と自分に必要なものまでなくしていませんか?

 

不便を感じたのなら、また買えばいいじゃないですか

 

  • 手ぶらに挑戦したけど不安が消えない、ならまたカバンを持てばいい
  • 床で寝てみたけど腰がいたい、ならまたベッドを買えばいい
  • 捨てた家電が自分の手間と労力を削減し、自分の心の余裕や時間を作り出してくれていたことに気づけたのなら、我慢せずにまた買えばいい

 

自分にとって、必要なものまで捨ててはいけない。

 

ミニマリスト』にこだわって、「ものを持たない」ということを生きがいにしては意味がない。

 

ミニマリズム』は自由を得るための手段の一つ。

 

ミニマリストが『ミニマリスト』に縛られていては、本末転倒ですよ。

 

しっかりと、自分に必要なものを見極めましょう。

 

 

 

そんなこんなで、わたしはまたカバンを買いました。

 

だってポケットに財布やスマホを入れると歩きにくいし、座るときにいちいち全部出すのめんどくさいんですもん♪(´ε` )

 

多数派の意見に流されて、それが『自分』の意見なのだと勘違いしていないか心配になった話。

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あいまさです!

 

以前、大阪にひとり旅に行ったことを友人に話したんです。

 

www.masa-ism.com

 

色々と回って楽しみましたが、一番楽しかったのはやはりホテルに泊まったときの「朝食バイキング」でした♪( ´▽`)

 

そんなことを話したら

 

「変わってるねぇ」

 

と言われたんです。

 

わたしはこの言葉に違和感を感じました。

 

その友人に言わせてみれば、『旅行』というのは

 

『友達数人でその地の観光名所を周り、ホテルで夜遅くまで楽しんで帰る』

 

というものらしいです。

 

 

うーん、確かにそれって一般的な『旅行』のスタイルだと思いますが。

 

それとちがう行動をした者に対して「変わっている」という感想を抱くのはいかがなものかと思うのですよ。

いや別に怒っているわけじゃないんですよ。

 

旅行の目的は人それぞれ

旅行の目的は人それぞれじゃないですか。

 

 

わたしの友人のようにみんなで一緒に行動して観光地巡りするのもいいし

 

その地でしか食べられない料理を楽しむでもいいし

 

わたしのように適当にぶらぶら町巡りしてるだけでもいいわけですよ。

 

何も観光地巡りしていなきゃ新しいことを発見できないわけじゃあるまいし(´ε` )

 

観光地なんて外国人や旅行者で溢れかえっているわけですから。その土地その町並みを楽しみたいならむしろ観光スポットなんかじゃなくてその辺の普通の道とか建物見ていた方が「この地方の建物は平家が多いんだな」とか風情を感じれるわけですよ。

 

それに、わたしの友人の言っていた「旅行は数人で観光地を巡るもの」という価値観は割りと『みんな』が思っていることであって『個人』が思っていることではないと思うんですよね?

 

観光地なんて今の時代パソコンで画像検索したらたくさんいろんな角度から撮られたそれを見ることができるわけですよ。

 

いや実際にその建物を見たい、空気に触れたい!と思っている方がいらっしゃるならそれはそれで楽しい目的な訳ですからいいと思うのですが、

 

一体何人の人が本当に観光地を自分の目で生で見たいと思っているのでしょうか。

 

 

いや別に怒っているわけじゃないんですよ。

 

世間の風潮に流されていないか心配

単純に疑問に思っただけです。

「旅行行きたい」とボソッと何回も言う割りには行動に移さないその友人には一体『どんな目的を持って旅行に行きたいと発言しているんだろう?』と。

 

まぁ上記のような普遍的な回答が返ってきたわけですが。それ本当に自分の意見なのかなぁって。

 

周りに流されて意見を言っているだけじゃないか、とても心配です。

 

 

 

馴染みの友人ですから、色々と辛辣なことを言ってしまいましたがその友人は自分が思っていることを包み隠さず伝えることができる数少ない友人ですので、これからも大切に関係して行きたいと思っています笑

 

 

いや別に怒っていませんよ?

疑問に思っただけです♪(´ε` )

 

自分の『好きなこと』を仕事にするのって危ない気がするのです。

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あいまさです!

 

 

「好きなことを仕事にして生きていこう」

 

 

という文言を最近よくみます。

 

結論から言うと、わたしはあまり賛成ではないんですよね。

 

 

 

「好きなこと」よりも「得意なこと」を仕事にするべきじゃないかなぁって思います。

 

好きなことを職業にする

自分の「好きなこと」ってなんでしょう?

例えば

  • 車の運転が好き
  • ゲームをするのが好き
  • 本を読むのが好き
  • 誰かとお話しすることが好き

いろんな「好き」があると思います。

 

ではこれらを『仕事』として変換してみるとどうなるか?

  • タクシーの運転手
  • プロゲーマー
  • 本の編集者
  • 相談所

とか(あんまり思いつかなかった)いろいろな職業があります。

 

でも自分の「好きなこと」って自分のペースで、自分の思った時に、自分の欲求が満たされるまで行うから、それによってストレス解消になったり生きている実感を得たりするわけじゃないですか。

 

自分の好きなことや趣味というのは『自分本位で行う』からこそ価値のある行動だと思うのです。

 

 

そこに「他者」が介入してきたらどうなのでしょう。

 

運転が好きな人

例えば「車の運転が好きだから、タクシーの運転手になった」という人がいたとします。

 

タクシーというのは「お客」を乗せないと商売になりません。

そのお客さんのマナーが悪かったり、幅の狭い道路を急がされたり、どんな悪天候でも車を出さなくてはいけません。

そして仕事が終わり、休日にもその人は「ストレスが溜まったからドライブにでも行こう」となるのでしょうか?

 

自宅でゆっくりと休むのではないでしょうか?

だって車の運転は「仕事」が始まれば強制的にできるのだから。

 

そうして少しずつ自分の「好きなこと」であった車の運転が、仕事としてのただの技術に成り下がってしまう危険性があると思います。

 

自分の趣味や好きなことだったことを仕事にして半強制的にしなくてはいけなくなり、他者が介入し、ストレスを溜めてしまう結果になってしまうのはとても残念なことだと思います。

 

ストレス解消のための趣味を仕事にすることによって逆にストレスを溜めてしまう要因になるのはとても損です。

 

だから、自分の「好きなこと」と仕事は分けたほうが良いと思います。

 

好きなことと得意なことはちがう

では何を仕事にすれば良いのか、わたしなりに考えたのですがそれは自分の「得意なこと」だと思います。

 

「好きなこと」と「得意なこと」は違います。それは好きなことは『自己評価』で、得意なことは『他者評価』だからです。

 

好きなことは自分でしか決められません。

でも得意なことは他者が決めることです。

 

運転が得意な人

例えば自分では全然気づいていないけれども、誰がどう見ても車の運転がめちゃくちゃ上手い人がいるとします。でもその人は別に運転自体は好きではありません。

 

でもその人がタクシーの運転手になったとして、マナーの悪いお客に出会ったとしても目的地に運べばいいだけですし、急いでいるお客さんが乗ったとしても運転が上手いその人は抜け道などを使ってより早く目的地に着くことができるでしょう。

 

その人は運転することをただの「仕事」と捉えているので、人並みにストレスは抱えることはあっても、自分の「好きなこと」を犠牲にすることはありません。

 

休日になれば自分の「好きなこと」や趣味をしてストレスを解消するでしょう。

 

本人は「普通」に思っていることが、他人から見たら「才能」に見えることがあります。それは自分では気づきにくいのです。

 

この人は初め、自分が「運転が上手い」と思っていなかったかもしれませんが、他者からの評価でだんだんと自分が「運転が上手い」ことを認識してくるかもしれません。

 

そうすると「自分は運転が得意なのか」と思ってくるわけです。

 

自分の得意なことがわかってからの仕事は多少その影響が出てくるでしょう。

もしかしたらなんとも思っていなかった、ただの「仕事」としての運転のことが好きになっていく可能性があるからです。

 

そっちの方がお得じゃないですか?

 

一緒くたにして考えるべきじゃないと思います

自分の好きなことはあくまでも『プライベートでひっそりと楽しむもの』として取っておいて、

 

自分の得意なことを探しながら仕事を転々とする、といった生活が一番いいと思うのです。

転々とするといっても1年未満など短い期間では得意なことを発掘できないかもしれませんが、、、

 

 

以上のことから、

「好きなこと」「趣味」

「得意なこと」「仕事」

分けたほうがいいんじゃないかなーって思いました。

 

つたない文章で申し訳ないです_:(´ཀ`」 ∠):

 

【心中吐露】きっと、世界はそんな感じで出来ている。恐れることはないよ。

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あいまさです!

 

 

今日で平成最後の8月が終わりますね!

 

猛暑か台風といった極端な天気にしかならなかったですが、それはそれでいい思い出になります♪( ´▽`)

 

 

さて、明日から9月。わたしにも大きな変化が訪れます。

 

約5年ほど勤めていた部署を離れ、新しい部署へ異動することが決まったのです。

 

会社の場所は同じで、建物内での異動なのでお客さんとか同職員とかともそんな大層な別れのあいさつはしませんでした。

 

まぁ、普通に廊下とかで会うでしょうし・・・

 

 

そして新しい部署へ。

 

期待と不安が入り混じt・・・・・・・・・・・・・

 

 

変化することはやっぱり怖い

いや、でもなんででしょう。

 

 

妙に落ち着いているなわたしは。

 

正直、どこで働こうともわたしは自分にできることをするだけなのですよ。

 

今回配属された部署は人手不足なため、かなり厳しいらしいんですけどね。。。

 

できないことがあったら「できない」っていえばいいんですよ。

 

言いたいことがあるなら、言わないと相手に伝わらないんですよ。

 

 

ブログを書き始めてから少し考え方が変わりました。

 

 

世の中には、稼ぐことができる手段が数え切れないほど存在する。

 

本気になればなるほど。人生はどうにでもなるし、どうにでもできる。

 

 

次に行く新しい職場でもし、

  • 環境に合わなかったら
  • 精神的にきつかったら
  • 身体が持たないと思ったら

 

その時は、辞めてしまえばいいんです。

 

稼ぐ方法はいくらでもあるんだから

生活費が心配なら、大丈夫。

 

世界中探して、お金を稼ぐことが出来る会社が『ココ』にしかないわけじゃない。

 

いくらでもある。

 

きつかったら即辞めてしまえばいい。

 

別にどうってことないさ。

 

わたしが辞めて、それで会社が困っていても、いずれ人を募集して補充すればいい。

 

 

わたしは1人しかいない。わたしが壊れてはいけない。

 

 

自分の体が一番大事。

 

逆にいえば、自分さえ大丈夫ならまた次のステージに挑戦できるのだ。

 

だから心配することはないんですよ。

 

 

 

 

きっと世界は、なんとかなるようにできている

と、自分に言い聞かせてみました笑

 

やっぱり人手不足のところに異動ってなった時は

 

「ヤベぇ、ボロ雑巾になるまで働かされる」

 

ってかなり不安になってしまいましたよ。

 

 

でも、なんなんでしょうね。

 

昨日、1年ぶりくらいに学生時代の友人からご飯に誘われて、久しぶりに大騒ぎしてきました。

 

不安で押しつぶされかけている時に、なんてタイミングなんでしょう!

 

きっと、

 

 

「なんとかなるさ。気楽に適当に。ほどほどに頑張ればいいんだよ。」

 

 

って言ってくれたんだと思います。

 

 

誰にって?

 

さぁ?一体だれだったんでしょう笑